Research
胎子の頭部は膜性頭蓋と軟骨頭蓋から形成されます.このうち軟骨頭蓋の鼻殻(nasal capsule)内には複数の波形構造が発達し,鼻甲介となります(図1).哺乳類の鼻甲介は,胎子から幼体までの個体発生の過程で分岐し,巻き込む構造になることで複雑化します.さらに,成体では,軟骨構造である鼻甲介の内部に骨化がみられるようになります.これまで,様々な哺乳類で鼻甲介の記載がされてきましたが,複雑な構造と著しい種間変異のため,相同性の議論は困難でした.この相同性を理解するためには,鼻甲介構造が単純な胎子から,複雑化する成体までの個体発生を観察することが重要になります.
コウモリ目は哺乳類のなかでも二番目に種数が多く(1400種以上),形態や生態は多様化しています.鼻鏡(一般的に連想する鼻 の表面)の形状も様々です.ネコやイヌのような鼻から,ネズミのような鼻,馬蹄状,菊状の鼻などバリエーションがみられます.また,一部の種は鼻孔から超音波を出しエコロケーションをすることが知られています.これまで,多くの研究者が,オオコウモリやヒナコウモリなどのコウモリ目の鼻甲介の記載を行ってきました.なかでもキクガシラコウモリの鼻甲介は,一部が鼻咽頭道(nasopharyngeal duct)に入り込んだ,一般的な哺乳類と大きく異なる構造をしています.Grosser 1900は,この鼻咽頭道に入り込んだ鼻甲介を上顎甲介(maxilloturbinal)と同定し,今日に至るまで,この説が信じられてきました(図2)。しかしながら,Grosserの研究では複雑な鼻甲介構造の相同性の理解に必要な胎子発生過程の観察が行われていませんでした.
本研究では,胎子から成体までの各ステージを造影剤で染色,マイクロCTによる断層撮影(図3),三次元構築を実施することで,個体発生の観察を行い,コウモリ目の鼻甲介の相同性を再検討しました.
結果,キクガシラコウモリキクガシラコウモリの上顎甲介は鼻腔の腹側で観察されました(図4).
その一方,初期から後期にかけて,篩骨甲介Iがヘアピン状に曲がる構造になることがわかりました.
図4.キクガシラコウモリの鼻甲介の発生

図1.哺乳類の軟骨頭蓋と鼻甲介

図2.キクガシラコウモリの鼻咽頭道に入り込んだ鼻甲介
(Grosser 1900より)

図3.ヨウ素による造影剤染色後のマイクロCT断層撮影


この研究から,これまでGrosser(1900)とその後の研究者たちが示した鼻咽頭道に入る鼻甲介は上顎甲介ではなく,篩骨甲介の一部と鼻腔水平板の一部であることが明らかになりました.そして,「真の上顎甲介」は,殆どが軟骨構造で形成された未発達なものであることがわかりました(図5).
図5.キクガシラコウモリの鼻甲介
A:従来の鼻甲介 B:本研究で解明された鼻甲介